よりーねちゃん

ふりーだむ創作系山口県民

ズワイガニの自己紹介はテスト記事となりえるのか

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僕の名は

一杯の茹で上がったズワイガニが、発泡スチロールの中に入れられている。

 

飾りつけに敷かれたサワラの葉の深緑に体の鮮やかな赤色が映え、いかに自らが高級であるかを物語っている。しかし彼は自らの価値について興味はなく、ただただ、この白い箱を開けた少女に興味があった。

 

少女はズワイガニをまじまじと見つめる。

 

「今夜はカニ鍋が楽しみだ」という思いで見つめているのか、はたまた「実はカニが生きていて、突然動き出したりしないだろうか」という警戒心から目を離せずにいるのか、彼には分らなかった。ゆえに、怖がらせてはいけない、そう思う間に時間だけが過ぎていった。

 

しばらく興味津々な様子で少女はカニの足や目玉をつついてみたり、体を持ち上げてみたりしていたが、すでに下茹で調理済みのカニが動くはずもなく、飽きてしまったのか、発泡スチロールの蓋を閉じる。カニの視界が白い蓋で覆われていく。このままでは少女との対話の機会が失われてしまう。カニはやっとの思いで少女に声をかけた。

 

「やあ、僕の名前はカニカニ

 

少女は驚いた様子で閉じようとしていた蓋を持ち上げる。カニの目を見る。しかしカニの下ごしらえ済みの瞳には光は宿ってはいない。辺りを見回す。声を発するようなものは見当たらない。再び箱に収められたカニを見る。カニはここぞとばかりにまた言葉を投げる。

 

「やあ、僕の名前はカニカニ

 

少女はやっと、目の前の高級食材が話しかけていることに気づく。ここに運ばれてくるより前に彼の命が絶たれているという常識的前提を破棄してでも、少女はこのカニ以外で自分に話しかけてくるものが存在しないという消去法のみで、カニが話しかけてきていると判断したのだ。

 

少女は超常現象に対してとても寛容だった。

 

「君が話しかけちょるの?」

 

山口弁の少女が話しかけると、カニは手ごたえ、いや、ハサミごたえを感じた。対話が可能であると。

 

生と死、高級食材と庶民、陸上生物と海洋生物、身分や育ち、土地の違いなんて関係ない。このグローバル化社会の中で出会えた今日この日の喜びを噛みしめ、

 

「そう! 僕の名前はカニカニ!」

 

カニは再び少女にできる限りの明るい声で、己の存在証明をした。

少女は一瞬その宣言と声量に驚いたが、彼の言葉に答えた。

 

「そっか、君が話しかけちょったんじゃね。私の名前はよりーね。よろしくのんた」

 

「よろしく!よりーねちゃん。僕はカニカニ!」

 

少女よりーねと、カニの間に交流が生まれた。

しかし運命とは皮肉なもので、交流が生まれるということは、そこにわずかながらでも軋轢が生まれる可能性も孕んでいるのだ。

 

「あなたカニカニっていうんじゃね!ええお名前じゃね!」

 

沈黙が生まれた。

カニにとってこの誤解を解かないことにはよりーねとの間に溝ができてしまう。

 

「違うよ! 僕の名前はカニカニ!」

 

「え? カニカニじゃろ?」

 

カニが誤解を解こうとするも、よりーねには伝わっていないようだ。

自分の言い方が悪かったのか、自らの行動を省みるも、カニには何が間違っているのかわからなかった。もう一度名前を告げる。

 

カニカニじゃないカニ。僕の名前はカニカニ!」

 

「ん? カニカニじゃろ? 発音、アクセントが違うちょる? カニカーニ?」

 

少女はわざと抑揚をつけた発音でカニに確認する。しかし、カニが訂正してほしかったのはそこではない。カニはアプローチの仕方を変えることにした。

 

「違うカニ、僕の名前はカニっていうカニ。アクセントはあってるカニ

 

「なるほど! 『カニッテイウカニ=アクセントワ=アッテルカニ』っていう素敵な名前なんじゃね! よろしく! カニッテイウカニ=アクセントワ=アッテルカニ君! なんだか呪文みたいじゃね! あと強そう!」

 

「なんでそうなるカニぃいい」

 

すでに漁師に水揚げされ、後は食べるだけの状態の彼に、強さもへったくれもない。彼は弱く、運の悪いカニだ。しかし問題はそこではない。

 

「えっ、違うちょるん?」

 

よりーねは戸惑う。彼女の中では何故自分の解釈が違ったのか、理解できずにいるのだ。

 

アプローチを変えた結果、裏目に出てしまった。カニが思っている以上にこのよりーねという少女の思考回路は特殊な造りをしているようだ。頭に夏みかんの果汁でも流れているのかもしれない。

カニは再び考えた。この特殊かつ破天荒な回路をいかに攻略し、彼女に自らの名を正しく教えるか。これが異文化交流への試練なのだと、一度ボイルされた脳、いや、カニ味噌を再沸騰させる勢いで思考を巡らせた。

 

カニははたと気づいた。自分の普段気にも留めていなかった日常的な癖が災いしていると。

カニは再びアプローチの仕方を変えてみることにした。

 

「よりーねちゃん、僕の名前はカニっていうんだ。カニは僕の口癖なんだカニ

 

よりーねは少し考えた後、納得したような表情で笑った。カニはこの笑顔にやっと伝わったと確信を得た。

 

「そっか! 君の名前は「カニ」っていうんじゃね!」

 

伝わった。

よりーねとの交流のスタートラインにやっとその足、いや、爪を乗せることができたのだ。カニはこれからのよりーねとのやり取りに対する不安も覚えたが、何より名前が正確に伝わったことが嬉しかった。

 

「そうカニ! やっと伝わったカニ! 僕の名前はカニカニ!」

 

「なんのひねりもない名前じゃね! よろしくカニ君! カニ鍋にその美味しそうな足をぶち引きちぎってぶち込むまでじゃけど!」

 

「さりげなく名前をディスってその上せっかく忘れようとしていた残酷な現実を過剰表現で突き付けてくるとはよりーねちゃんなかなかやるカニ

 

カニはよりーねの暴言にダメージを受けたが、その屈託のない笑顔から悪気は一切ないということを悟り、これからカニ鍋までの交流の参考にすることにした。

 

「ところで」

 

「どうしたカニ?」

 

「フルネームは『カニッテイウカニ=アクセントワ=アッテルカニ』でいいんだよね?」

 

カニカニ! フルネームはカニカニ!」

 

「あ、フルネームは『カニカニ』なんじゃね! なんかゴリラの学名『ゴリラ・ゴリラ』みたいじゃね!」

 

「だから……!」

 

こうして楽しい交流の時間はあっという間に過ぎ、カニという名のズワイガニはよりーねの思い出の一ページと胃袋の中に納まることとなった。